時事通信社
2007年・事前企画記事

安食堂、はかなく取り壊し
 =1カ月で町の風景一変=

【北京だより】
趙志偉さん(左)一家。中央は娘の京京ちゃん。 8月下旬、その安食堂は趙京京ちゃん(6つ)の両親が切り盛りしていた。北京市の中心、天安門広場の近隣に完成した国家大劇院。夕暮れ時、巨大な「空飛ぶ円盤」のような建造物を仰ぎ見る庶民の生活空間、胡同(フートン)の一角に、安食堂は1軒だけ、ポツンと営業していた。
 この胡同は、再開発の対象地区だ。道路整備のため地ならしされ、廃材が転がる殺風景な眺め。めん類がうまいこの食堂は土木関係者、農民工、近隣住民の胃袋を満たす店。需要があるだけに、しばらく営業できるかもしれない、との淡い期待があった。
 京京ちゃんの父、山西省出身の趙志偉さん(28)は、「既に立ち退くことは決まっているが、悲しくはない。いつまで営業できるか分からないが、店を壊されたら考える」とつぶやいた。時代の流れにはあらがえない。
 かわいい盛りの京京ちゃんも、夏の間は店を手伝った。その姿に優しいまなざしを向ける母、李翠琴さん(26)は、額に玉のような汗を浮かべて働いていた。「働くのは京京のため。教育費、病気になったとき、生活費…。将来、お金を使うことが多い。娘には大学に行かせたい」。娘を思う母の願いがこもる。
 来年夏、趙さんが「とても楽しみにしている。テレビで見たい」という北京五輪があるが、「来年、ここに店があればいいが、その可能性はとても低い」―。
 9月下旬、再訪すると安食堂は跡形もなかった。新しいアスファルトの道路沿いに、新築の建物の数々。1カ月で町の風景は一変していた。(北京時事) 写真説明:下町で食堂(後方)を営んでいた趙志偉さん(左)一家。中央は娘の京京ちゃん。北京五輪を前に市内各所で進む街の整備や道路拡張工事でこの食堂も取り壊され、一家は立ち退いた(中国・北京) (配信:2007/10/3)

   

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