時事通信社
2007年・事前企画記事

「国に関係なく、貢献したい」―宇津木麗華さん
 =ソフト指導者として新たな意欲=

【日中スポーツの架け橋】
宇津木麗華さん この夏、北京で女子ソフトボール中国代表を指導した。旧知の同国代表監督、王麗紅さんに依頼されたのだ。「守備だけ」の条件付きで仕事の合間のわずかな時間だったが、選手の質問攻めに遭う。「ありがたいな」。日本リーグ、ルネサス高崎の宇津木麗華監督(44)の胸は熱くなった。
 かつての中国代表主将。1986年世界選手権準優勝に貢献し、「アジアの大砲」と呼ばれた。88年に来日、日立高崎(現ルネサス高崎)入りして、人生はがらりと変わる。95年に日本国籍取得。その後日本代表としてシドニー、アテネ両五輪に出場、主将も務めた。
 国籍を変えて、つらい思いもした。ソフトボールが初採用された96年アトランタ五輪は中国の同意を得られず、出場を断念。大舞台で日本が中国に勝つと、中国選手の特徴を教えている、と中傷された。中国戦での活躍は胸中複雑だった。そんな背景があるから、今夏の体験がうれしかった。母国の選手と久々に気持ちが通じた気がした。
 前日本女子代表監督の宇津木妙子さん(54)=ルネサス高崎総監督=と出会い、あこがれて来日。妙子さんの熱心な指導に胸を打たれ、「この人のために」の思いで突き進んできた。ただ、日本と結び付きを強める間に母国とは疎遠になった。
 昨年末、中国代表監督就任の打診を、所属チームに配慮して断った。「20年も中国から離れている。お互いに心理が分からないと…」という不安もあった。だが、ソフトボールに対する情熱は国境を越えたものだ。現役を引退し、日本B代表監督からも退いて、新たな意欲がわいている。「中国人であり、日本人という自分はとても幸せ。ソフトへの恩返しとして、国に関係なく指導していきたいと、今すごく思う。ソフト一つしかないけど、両国に貢献したい」
 2012年ロンドン五輪で実施競技から外れるソフトボール。そんな折だからこそ、競技発展の力になりたい―。来夏に中国の高校生を短期指導してほしいと頼まれている。都合が付けば引き受けるつもりだ。(了) 写真説明:「ソフトボールで日中両国に貢献したい」と意欲を語るルネサス高崎監督の宇津木麗華さん(群馬県高崎市の女子ソフトボール部寮)【時事通信社】 (配信:2007/12/12)

   

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