時事通信社
2007年・事前企画記事

母国で「日本の悲願」を―馬淵崇英さん
 =エース寺内と二人三脚=

【日中スポーツの架け橋】
寺内健(右)とともにメダルを目指す中国出身の馬淵崇英コーチ 「来年は来日してちょうど20年。一番大事な年ですね」。馬淵崇英さん(44)は日本飛び込み界のエース寺内健(27)とともに、母国で開かれる北京五輪でこの種目日本初のメダル獲得に挑む。
 上海出身。小学6年で飛び込みを始めたが、飛び込みをお家芸とする中国の選手層は厚く、19歳で指導者に転身した。25歳になる1988年、ナショナルチームのコーチ就任の話を断って日本へ留学。国の開放政策が進んだ時期で「若いうちに海外に行ってみたかった。どんなチャンスをつかめるかは分からないが、価値があると思った」。
 切ったつもりの飛び込みとの縁は、日本で再びつながった。来日翌年に元五輪選手の馬淵かの子さんの熱心な誘いを受け、JSS宝塚のコーチに就任。2年後、小学5年生の寺内が飛び板で遊ぶ姿から才能を見抜き、「この子に人生を懸けてみよう」と決心した。98年には生活の基盤を築いた日本の国籍を取得。中国名「蘇薇(スー・ウェイ)」の音を生かし、新たな自分の名前を決めた。
 中国では素質のある選手を各地から集め、ジュニアから世界トップ級までを段階的に強化するシステムが確立されている。それに比べると、日本の選手層や強化体制は貧弱といわざるを得ない。
 だが、馬淵コーチは「一貫性がわたしの強み」と言う。レベルが上がると指導者も変わる中国に対し、出会った貴重な逸材を基礎から継続的に指導。きめ細かく、厳しく選手を鍛えることで環境面のハンディを補ってきた。「強くなればいいことがある」という教えを信じてきた寺内は、3メートル板飛び込みで2001年世界選手権3位。今年の同選手権では4位と世界で通用する力を付けた。
 北京五輪は寺内と臨む4度目の大舞台。「中国で飛び込みは国民的な注目があると思う。そこで堂々とパフォーマンスできたらなおさらうれしいし、誇りに思うでしょう」。来夏、教え子が地元中国勢と渡り合う姿を思い描いている。(了) 写真説明:母国で開催される五輪で寺内健(右)とともにメダルを目指す中国出身の馬淵崇英コーチ=兵庫県宝塚市のJSS宝塚【時事通信社】 (配信:2007/11/28)

   

北京五輪名場面集