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せっかちと寝台バスとさらば高度成長

さらば高度成長 サッカー取材で日本男女の試合があった天津と秦皇島を、陸路で往復した。未来都市のような北京の五輪会場地区とは雰囲気が一変。車窓を通り過ぎた風景からは、中国の日常が垣間見えた。
 北京から秦皇島へは日本の新幹線車両のような「和諧号」で移動。1964年東京五輪の年に東海道新幹線が開通したことを連想しながら、2時間揺られた。到着予定15分くらい前から、人々は席を立って降りる準備を始める。女性乗務員が座ったままの日本人をせき立てる。時間に正確? いや、かなりせっかちだ。
 天津から秦皇島へは高速バスで。入り口でビニール袋を差し出されて「靴を脱いで」。中は簡易ベッドが2段に並ぶ寝台車。「眠れるぞ」と喜んだのもつかの間、備え付けテレビから、大音量で中国の時代劇が始まった。気が休まる間もなく、3時間余。「降りなさい」と客室乗務員が怖い顔。まだバスターミナルは見えないのに…。と思ったところで急停車。高速道路上の出口前で放り出される。終点ではないので仕方がない。タクシーを拾える所まで、重たいバッグの車輪を転がした。
 中国の街並みは、どこか子どものころに見た、日本の昭和の風景を思い出させた。農村地帯の路上にはオート三輪に馬車、自転車タクシーも数多く見た。スイカ売りのトラックや、上半身裸でクズ鉄を拾い集める人々…。タイムスリップ? 「外国」という感じでもない。昭和20、30年代の邦画で見たような世界が通り過ぎた。  昭和といえば、日本の高度成長期の大人もせっかちだったなぁ、と思う。
 サッカーに目を転ずれば、男子の反町日本は1次リーグで敗退。96年アトランタ五輪から右肩上がりに国際大会で実績を上げた、日本のモーレツ時代は、停滞期に入った。平成生まれの香川(C大阪)ら、選手自身の成長はこれから。甲子園球場の土のように、中国の芝は持って帰れない。悔しさを胸に、新たな時代をつくってほしい。(北京時事)
出発前の新幹線「和諧号」。北京から女子サッカー会場の秦皇島まで2時間で結ぶ=8月4日、北京駅【時事通信社】(配信:2008/8/11)



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