時事通信社
五輪ヒストリー

西側諸国がボイコット=第22回モスクワ(1980年)

五輪不参加を決定した日本オリンピック委員会の臨時総会 1979年12月に起こったソ連軍のアフガニスタン侵攻に対する制裁措置として米国をはじめとする西側諸国がボイコット。参加は80カ国・地域にとどまった。カーター米大統領が主導したボイコットに日本オリンピック委員会(JOC)は臨時総会を開いたが、29対13(棄権2)で不参加を決定、246人の選手団の派遣は見送られた。参加した国の中でも、開会式に選手団が参加しなかったり、国旗を用いず五輪旗や各国のオリンピック委員会(NOC)旗で代用したりするところもあり、政治色の強い大会となった。
 水泳の男子1500メートル自由形でウラジーミル・サルニコフ(ソ連)が15分の壁を初めて破る14分58秒27の世界新で優勝、女子では東ドイツが11種目で優勝、このうち6種目ではメダル独占の圧倒的強さを見せた。
 【日本人メダリスト】日本はボイコット
(配信:2008/5/13)

◎【その時世界は】
 世界は政治の季節に入り、モスクワ五輪も西側諸国のボイコットによって変則開催を余儀なくされた。韓国では治安維持のために非常戒厳令が敷かれたが、光州で民主化を求める学生らがこれに反発、軍隊と衝突し多くの死者が出た。また、ポーランドではワレサ議長率いる自主管理労組「連帯」が設立され、これが後々の東欧自由化のうねりへとつながっていく。こうした中で世界的人気を博したのが立体パズルのルービック・キューブ。子供から大人まで熱中した。また山口百恵が芸能界を引退し、ジョン・レノンがニューヨークで凶弾に倒れたのもこの年だった。(了)

ソ連のアフガニスタン侵攻への制裁措置として五輪不参加を決定した日本オリンピック委員会の臨時総会【時事通信社】

※主要参考資料
近代オリンピック100年の歩み(ベースボールマガジン社)、最新スポーツ大事典(大修館書店)、オリンピックの事典(三省堂)、国際オリンピック委員会の百年(IOC)、日録20世紀(講談社)、JOCホームページ、熊本県和水町ホームページ

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